Kamaseinu

独善的毒薬癖



2018.08.05発行 P.50



(熱い感想をいただいたので、そちらとすこし絡めながらの語りになります。)

この本を描くにあたっての基本的な私の解釈は、『GIGOLOは一二三にとっての理想の自分であり一二三を守るために作られた存在』です。なのでGIGOLOの存在理由とは一二三を守ることであり、GIGOLOにとっての最優先事項は一二三(と一二三が大事にするもの達)なので、GIGOLOは一二三の客であったり親友であったりする独歩を(一二三の次に)守ろうとしてるという認識です。

お題箱メッセージ>ジゴロが刺されたときの独歩の心理が、すみません難しくて捉えきれなくて。 一二三の友人として彼の安否を心配する気持ちと、ジゴロは優しいから強く言えてしまうという甘えと、 こんなひどい状況なのに加害者に同情的なジゴロへの怒りが混ざった感じでしょうか。

一二三が根底では『自分を愛してくれる人間のことを憎んではいない(ドラマCD内:自分の命と同じくらい自分を好いていてくれた娘を助けたい)』と思っているのがGIGOLOにはわかっているので、ストーカー女性にたいして、質問者さんのおっしゃる「同情的」な対応をしているのですが、独歩は当然言われてもいないそんなことを知りません。し、独歩にとってGIGOLOは一二三の一部ではあるものの一二三に勝ることのない存在なので、咄嗟のとき(今回の本の場合は一二三がストーカー女性に刺された際)にはその優先順位に大きく差がついてしまったので、心を開きかけていたGIGOLOに対して(一二三への防衛心から)きついことを言ってしまいます。一二三とふたりきりで生きてきた独歩にとっては本心ではないものの心にもないことでもない、と思ってこのあたりの台詞はかいていました。

一二三が極度のストレスから「別の人格になりきることができる」という能力を得たことで、一二三は元来「思い込みの力が強い」のだと(私は)考えています。なので、今回のこの本でGIGOLOが主人格のときに起きたことを一二三に伝えずにすむ(起きたことを起きてないこととして思い込ませる)という二次創作的設定を使用しているのですが、それにより独歩がGIGOLOを一二三とは別の人格として「新たな友人」と見てしまった。その結果、扱いに差がでてしまい、一二三>GIGOLOという思想を持ってしまう。

けれど独歩がその考えを一二三の言葉で改めて「すべてが一二三であると理解し、すべての一二三を同等に想う独歩」にいきつくというのが今回の根本的なテーマでした。

(心配しなくてもほんとは一二三の意思ひとつであらゆる感情や行為を共感・共有できるからえっちするときにスーツきてようがきてまいが関係ないんだよ、っていう)

お題箱メッセージ>タイトルの独善的毒薬癖は、独善的(独歩)×毒薬癖(ジゴロ)という意味でしょうか…?

タイトルは韻がふみたかったので語感重視ではありますが独善的な独歩がGIGOLOという毒薬を癖になるほど摂取したらそれが日常になって溶け込んでしまった〜的なイメージです。

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